毛の手触り
私が最近集めているものの一つに、「毛」と呼ばれる人形がある。
かわいい❤️机は汚い❤️
ぬいぐるみ屋さんの光線さんという方によるハンドメイドのぬいぐるみだ。1ヶ月に1回ぐらいオンラインショップで販売されるのだが、この頃は非常に人気で、開店から1分で売り切れてしまうほどだ。
とてもシンプルな見た目をしているが、ポイントは「手触りがすごくいい」ところだ。このぬいぐるみが「手触り」を強く意識されていることは彼女のインタビュー記事からも伺える。
で、ここから下の文に出る「毛」はぬいぐるみではなく、一般的な毛を指す。
私はこの頃、触覚のテクスチャにやや過敏だ。周波数が高めのザラザラ感が特に苦手で、体調に影響が出たり何も集中できなくなったりする。一方でこのぬいぐるみシリーズはどれも毛の手触りが良く、特にKesalanPasalan(上の写真の白いやつ)はとてもふわふわで私のお気に入りだ。
一般に毛というのは手触りが良い場合が多いので、あらゆるモノに毛を移植して常に気持ちよくなりたい。ところが、私はお裁縫の経験が乏しい...なみ縫いしか分からない、いや、下手したらなみ縫いすら忘れているかもしれない。毛の生地を買っても、せいぜい長方形に切ってブックカバーと言い張るのがいいところだろう...
毛を自作したい
そんな私にも福音はないことはない。この頃は3Dプリンタで毛をプリントするという研究がMITや明大の研究室から発表されている。
CillliaはMITのTangible Media Groupによる研究。光造形方式のレーザープリンタを使って高密度な毛をデザイン・プリントする手法が提案されている。毛並みを利用して移動方向を制御したりとか色々してるのがこの研究室らしい。アツイ!
こちらはFDM方式の3Dプリンタで毛をプリント。明治大学宮下研究室による研究。宮下先生が京都に講演にいらっしゃった時に触らせてもらったが、毛でした!
こういうのを見ると、やはり追実装してみるべきなのだが、メンドクサイ...メンドクサイとか思ってはいけないのだが、メンドクサイ...あとFDMの場合はRepRapベースの3Dプリンタがないと結構厄介。うちにはRepRapベースのがない。
どうせなら他のデジタルファブリケーション機器でも作れないだろうか?と考えた時に真っ先に思い浮かぶのはやはりレーザーカッターだ。レーザーカッターはかなり細かく切断・彫刻加工ができる。私はアクリル板やMDFの加工に頻繁に利用している。
ところで、私は最近研究でアクリル板に紋様を彫り、その紋様にシリコーンを流し込んで転写するということをよくやっている。これを利用して毛を作ることが出来ないだろうか、と思い立った。
おおまかな製法
1.アクリルに小さい穴をたくさん掘る。この小さい穴が後に毛となる。後述するが、掘る時のパワーなどといったパラメータを変えることで、毛の長さとか太さとかが変えられる。
2. 穴を彫り終えたら、穴にシリコーンを流し込むためにアクリルで枠を作る。穴が掘られたアクリルとアクリル枠はアクリサンデーで接着した。これを型とする。
3. 型にシリコーンを流し込む。穴にもシリコーンが浸透しないといけないので、脱泡するとか工夫が必要。
4. 固まったら型から抜く!気をつけて抜こう(気をつけようがないんだが)。
データの作成
データを作成する。今回使用するレーザーカッターは、Trotec Speedy 300だ。詳しい仕様はTrotec Webページに譲る。
自分がまずコントロールしたい毛の三要素は(1)太さ (2)高さ (3)密度 だ。この3パラメータが手触りにどう影響するのかを知りたい。また、レーザーパワーの強さと高さとの対応関係を取りたい。そこで、次のようなデータを作ることで、いわゆる「サンプル」をまずは作ることにした。
このデータは、一辺が20mmの区画を4x4作り、その中にそれぞれパラメータが異なる毛アレイを配置している。
横軸は毛の太さを想定していて、左から0.2, 0.4, 0.6, 0.8 (mm)と円の直径を変えている。
縦軸は毛の高さを想定している。Speedy300では、色ごとに彫刻の強さや速度などを変えることが可能だ。一番上のマゼンタから順に、5%、20%、40%、60%の出力で切っている。60%に留めているのは、そのぐらいに留めないと今回の設定では貫通してしまうからだ。
(3)密度 に関しては今回は行わなかったが、高さ・太さに関わるパラメータは変更せずに1区画内の毛の本数を単純に増減させたものをいくつか作ることを検討している。今回は、1区画内に20*20=400本ある。
レーザーカット
5mmの透明アクリル板に対してレーザー加工を行う。
ゆっくりめで彫刻を行ったので、30分ほどかかった。ちなみに、設定ミスでエアアシスト*1を一部忘れてしまい、ご迷惑をおかけしてしまった。申し訳ありませんでした。かなり落ち込みました。
彫刻中の様子。右下は一番太くてパワーが強いやつなのだが、やはりパワーが強い分、根元側が元データの直径より太くなってしまうのか、穴と穴が一部繋がってアクリル自体が毛っぽくなっている。手触りは...うまい例えを思い出せないが、クソ硬い人工芝?
枠をつけた。あと毛っぽくなってるとこはもはや穴になってしまったので、穴開けに失敗したアクリル板を下に貼って塞いだ。だからちょっとグラデーションが殊更に強調されてしまっている...。でも品質には関係ない。
シリコーン造形
当然ながら、アクリル板から剥がれなかったり、アクリルによって効果阻害が起きてしまうようなシリコーンではいけない。
今回はエングレービングジャパン社のHTV-2000という二液混合型シリコーンを用いた。
【型取り用シリコン】HTV-2000 500g★無害、無臭の型取り材 ★透明樹脂やチョコレートの型などに。硬さ:柔らかめタイプ
- 出版社/メーカー: エングレービングジャパン
- メディア:
- この商品を含むブログを見る
粘性が低めなのがポイント。アクリルに対して硬化阻害が起きずちゃんと分離することは確認済み。
型を流し込んだだけでは、ちゃんと毛穴に浸みていくか不安だったので、真空おひつを用いた真空脱泡も行った。これをすると、穴から泡が出ていく(=穴にシリコンが入っていく)のが見えた。
本当はちゃんとした真空脱泡機の方が良いのだが...金がないので...。
あとは硬化を待つのみ。ここでTipsだが、このシリコーンは温度が高い環境であるほど硬化も早まる。ここで使えるのがヨーグルトメーカーだ。
最大60度の温度を保つことができるし、容量もそこそこある。あと2000円を切っている 。60度というのがポイントで、この程度の温度ならば3Dプリンタで作った型にシリコンを流して...っていうことができるので良い。別にもっといい恒温器があればそれでもいいのだが...高いから...
結果
この通りだ。
正しく毛ができているか?
4Aは言うまでもない。毛の長さにばらつきが出てしまった区画は、2B・3A・4Bだ。考えられる原因は、
- 脱泡が十分でない
- 剥がす時に千切れてしまった
だろう。ただ、このシリコーンはかなり弾性があるし、千切れてる様子が目視できなかったので、1が大きな原因だろう。脱泡問題には大変頭を悩まされる。
あと4Cが、一部の毛同士がくっついてしまっている。硬化が十分でない時に少し触ってしまったので、それが原因だと思う。
他は概ね想定通りの造形となっている。
毛の長さについて
この通り。便宜上、それぞれの区画に数字とアルファベットでIDを割り振った。そして最小目盛間隔0.5mmの定規で測ったのでかなりアバウトだ、いずれ厳密に測り直す。
見てみると、パワーは同じでも、彫刻する穴の太さによって長さが変わっていることが分かる。穴が太いほど、その穴にレーザーを当てる回数も当然多くなるわけだから、直感的にそうなるだろうとは思える。
手触りについて
A列(0.8mm)について:
見た目、毛というよりはイボっぽい。手触りも3Aはイボって感じ。A2は若干イボっぽさよりは毛っぽさがある。A1はブツブツ。
B列(0.6mm)について:
B4は、もう毛だ。撫でるとちょっとヌメっとした摩擦を感じる。B3,B2も毛っぽい。歯ブラシの先端を触っているイメージ。ただヌメっとした摩擦を感じる。B1はブツブツ。市販の滑り止めゴムとかこんなんある。
C列(0.4mm)について:
C4は,毛だ。B列の時よりはヌメッとした感じが少ない。撫でた時の接触面積が少ないからだろうか?そして個人的にはC3が一番ボウズっぽい。C2,C1は毛っていう感じがしない、滑り止めゴム。
D列(0.2mm)について:
指腹でサラ〜っと撫でると歯ブラシっぽい感じはあるなと思う。D4〜D1になるにつれて歯ブラシっぽさが薄れていく気がする。
今後試すこと
一番の課題は、やはり穴にシリコーンが浸透しきらず毛が生成できない部分がある点だろう。この対策として、真空脱泡器を自作するか、ラボで買ってもらうかして脱泡能力を高めるのが一つ。あとは、PDMSといったより粘性の低いマテリアルを使うことだろう。ただPDMSは引張り強さに不安があるのと、アクリル板との相性をまだ確認していない。
あとは密度を試していない。ただ既に結構ギチギチな気がする、疎にした時にどうなるかを確かめたい。
最終的には、この毛のシリコン板でもっと複雑な形状の物体を作りたい。シリコーンは柔軟なので曲面への貼り付けが容易だ。あと同じシリコーン素材同士なら容易に接着できるので、シリコーン素材のフィギュアを作って、そいつに毛を移植するみたいなこともできる。グニャグニャのフィギュアを作ってどうするのって感じですが...
*1:粉塵の付着やレンズの破損防止のために圧搾空気を吹きかける機能。忘れるとヤバイことになる