おたくのテクノ

ピアノ男(notピアノ弾き)のブログ

「割れ音源」は完全に悪なのか?の補足と所感

まずは記事をご覧いただきありがとうございました。(未見の方は以下よりどうぞ)

natalie.mu

 

ナタリーさまからのリリースということで、この話題を衆目に触れる場ですると誰が書こうがそれなりに反響があることは容易に想像できたのですが、概ね予想通りそれなりの反響がありました。

緩めに設定して頂けましたが、期日や文量の設定がある中で書くと、どうしても言葉足らずな部分は出るし、書き足らない所もあります。なので、ここで幾らかの補足説明をしようと思います。

この記事を書いた動機

まず、再三言っておきたいのは、私は割れ行為を手放しに肯定したくはないということです。私も折角作ったものをタダで消費され続けたら流石にムカつきますし、生活に支障が出るから作ることをやめるでしょう。無断サンプリングにしても、そういったものを制作・受容しておきながらなんですが、こういうの嫌な人だったら申し訳ないなぁと罪悪感が頭をよぎる瞬間は年々多くなっています。

ただ記事で述べたように、単なる食い逃げや万引きとは事情が違い、オリジナルの作品の広がりに貢献したり、その作品の属する文化圏の発展に繋がったりするケースも実際ある。法的にも、権利者が事後的に不問にする余地はある。勝手にサンプリングされるのが嫌じゃない人もわりといる。という所が事を難しくしているように思います。

あくまで私見ですが、割れ・無断サンプリングは犯罪だし倫理的にもすべきでないとする厳格な立場と、そういうカルチャーだから大目に見るべきという立場の二つが大きく分けてあると思います。私の記事では、もしかしたら力不足で後者に近い意見のように映ってしまったかもしれませんが、そうではなく、この2つの対立から抜け出せる道を見つけたいと思うわけです。

しかし、割れ・無断サンプリングを巡っては、そのアングラな特性も相まって*1、どういう背景や経緯があるのかが表面化しにくかったり、誤解があったりするように思います。

法的な側面を解説する記事は多くあるのですが、そこから漏れる側面についてはあまりまとまっていない気がします。なので、自分が知る事や客観的と思える資料をもとに、法的見地から漏れる部分をカバーして、様々な議論のたたき台にできないかと思ったわけです。

なので、何か意見があれば、個人ブログなどでいいので記事を書いてみてもらえると、こちらとしても書いた甲斐があります。Twitter(X)はそろそろ死ぬと思うので、残りやすい媒体がいいですね。

真面目な人が割を食うグレーゾーン

記事を書いた動機にも繋がる話なのですが、こういう問題のグレーゾーンというのは救済的な側面もあるのですが、一方で真面目な人ほど割を食うものでもあるんじゃないかと思います。

たまにDTM初心者などの書込みで「◯◯のリミックスをしてみたのですが、soundcloudなどに公開していいものなのか分かりません」とか「著作権的に何がOKで何がOUTかわからない」とかいう質問を見ることがあります。現実問題、soundcloudなどに無料で公開した程度で訴訟してくる人はほぼいなく、権利者の申し立てで削除されるのが関の山だし、世界の結構な人数はそんな事気にせずに無許可リミックスをアップしてます。怒られたら素直に取り下げる、という運用の人は多いでしょう(サブスクリリースなどお金が絡むと事情は異なると思います)。だからといって、やって良いと大手を振って答えるわけにはいかない。なので「許可を得る必要があります」と答えることになるわけですが、tracklibなどのようにクリアランスが容易にできるサービスも出てきた時代ではあるものの、まだ全ての楽曲がそういうサービスを経由して許可を取れるわけでもないし、費用もかかります。

ここでひとつ、私自身の例を述べると、好きな某芸能人の声を無断でサンプリングして楽曲を制作し、ツイッターにアップロードしたら、たまたまそれを見た本人から公式に仕事を頂けるようになったことがありました。私に限らずこういうやり方で売れていった人って割といると思います。(ただ、それに味をしめて打算的にやり始めだすのはイケてないと私は思いますが)

真面目な人は許可取りの困難さに萎縮するか許可取りに奔走するわけですが、私はそういうのをすっ飛ばして新しい仕事に繋げることが出来てしまったわけです。こういったアンバランスさを放置しておくのは健全と思えない、けど創作の自由度とか発展の可能性を下げることもしたくないので議論を喚起したかったのです。

国ごとの考え方の違い

オリジナルの流用については、国ごとに多少考え方の傾向が異なる可能性もあると思っています。これはかなりトリッキーなケースかもしれませんが、先日FL Studioを割ることについて議論するインドネシア人の動画を見ていた時に、次のようなコメントがついているのを見かけました。

自分のものではないものを売ってはいけない、というハディースがあるから割れソフトを売るのはハラームだが、個人的に使うのは余裕がない場合は問題ない。特にそのソフトがイスラムの勉強に関係ない場合は。(筆者訳)

ハディースとはイスラム教の預言者ムハンマドの言行録のことで、ハラームはイスラム教の教えで禁じられていることです。私はイスラム法学者ではないので、これがイスラム的に正しいのか、信者的にマジョリティな考え方なのかは分かりかねますが、検討に値する意見だと思います。

念のため、ちゃんと購入しようと思います、買って使ってます、と意思表示をしているコメントも多数あるということは述べておきます。

法律とサンプリング

法的な側面を見てみると、特にサンプリングについては国によって検討の進み具合が異なりそうです。私は法律の専門家ではないので、法の専門の方が書かれた記事から解釈して見ていくことにします。正確さに欠ける部分があると思うので、あまり当てにしないでください。

サンプリングにおける著作権の問題を語る時、著作権そのものに加えて原盤権と呼ばれるものがあります。レコード製作者(レコードに固定されている音を最初に固定した者)の権利のことです。オリジナル音源の音の一部をそのまま流用するサンプリングをする場合、その楽曲の著作権を持つ人だけでなく、原盤権を持つ人からも許諾を得るのが通例となっています。

よくある俗説として「〜秒以内のサンプリングなら問題ない」というものがありますが、法的にも解釈が揺れ動く部分のようで、次の中川隆太郎弁護士の記事では、原盤権侵害のルールについて日本・アメリカ・EUでの比較がなされています。

www.kottolaw.com

この件で有名らしいのが2006年アメリカのBridgeport事件の判決です。アメリカではレコード原盤を保護する権利は、著作隣接権ではなく著作権のようですが、ここでは元の音源を識別できようができなかろうが(どれほど短かろうが)著作権侵害であるとする判決となったようです。

しかし2016年のVMG Salsoul事件判決では、Bridgeport事件判決の解釈を誤りであるとし、de minimis 法理と呼ばれる、形式的には侵害行為でも、裁判で解決するレベルじゃない些細なものは気にしないことにする法理の適用が認められ、侵害でないとの判決となりました。

EUでは2019年のPelham事件判決で、「サンプリングした部分が非常に短いものであったとしても、原則として複製権侵害の対象となる」としつつ、例外として元の音源を識別できないように変更されたものを使うことは複製権侵害ではない(複製でない)とされました。

日本では、未だ裁判例が見つからない(2019時点)ようですが、学説では2016のアメリカやEU同様、識別できないものは侵害でないとする解釈が有力だと中川弁護士は述べています。

正直なところ、実務の面でも分からないレベルまでエフェクトをかけたりカットアップしたりしてしまえば、黙っていたら誰も分かりようがないし、パクられた本人ですら気づけないと思います。法律の話を抜きにすると、特にキックやスネアのようなドラムサンプルなんかは、EQのかけ具合とか歪ませ方とかに作家の努力や属人性が現れてくるかもしれませんが、その作家ですら誰かが作ったシンセやドラムを元に作っているのがほとんどなわけで、それと何が違うのかという気持ちにはなります。なので直近の判例は個人的には腑に落ちるものと考えます。

 

他のトピックとしては、長くなってしまうので今回は深入りしませんが、アメリカ法にはフェアユースと呼ばれる例外規定があります。2 Live CrewのPretty Womanという楽曲は、Roy OrbisonのOh, Pretty Womanをサンプリングし、2 Live Crew的な痛烈さを持った歌詞で歌ったパロディソングですが、オリジナルの権利者側が著作権侵害であると訴え*2、この楽曲はオリジナル曲のフェアユースであるかどうか、そもそも商業的なパロディはフェアユースとなり得るかが争われました。

www.youtube.com

一審ではフェアユースを認められ、控訴裁判所ではフェアユースと認めず差し戻し、連邦最高裁では控訴裁の判決を破棄差戻し。元の表現を新しい表現・メッセージで改変し、別の意味を与える「transformative use」という使い方なら商業的であれどもフェアユースとなり得る可能性を示したようです。

日本では10年以上前から議論されてはいるものの未だフェアユース規定は導入されておらず。対象に対して批評的なサンプリングの使い方をしている作品、パロディ作品の取り扱いについては法の動向を注視し続ける必要がありそうですね。

おわりに

この問題は私が書こうが誰が書こうが絶対厳しいコメントが付いたりそれなりに燃えたりするだろうということは容易に想像できていました。申し訳ないけど小心者すぎて引リツやヤフコメはほぼ見れてません。

でも、腰を据えて話はしたいので、何か機会ありましたらお話ししましょう。ブログ記事とかも目についたら読みに行きます。特に法律の面、経済の面は極めて素人なので補足などがあると嬉しいです。

*1:だからコッソリやってたのをわざわざ掘り起こして衆目に晒すのを嫌がる人もいると思ったので躊躇ったのですが、でも、もう時代の変わり目じゃないでしょうか

*2:2Live Crewは事前に権利者にパロディをすること・一定の使用料を支払うつもりであることを伝えていたが、返答を得られる前にリリース。許諾できない旨が伝えられたのはリリース後であった。