おたくのテクノ

ピアノ男(notピアノ弾き)のブログ

FAKESAXをリリースしました(※ネタバレ解説あり)

2022/09/04に『FAKESAX』という小品集をリリースしました。

linkco.re

oldskoolrave.bandcamp.com

 

音楽分野での活動を開始してから12年、かつてはナードコアなどといったサンプリング濃度の高い音楽に影響を受けて制作していました。故にSpotifyApple musicなどのストリーミングサービスへの配信が難しく、また体裁を整えて作品を発表する胆力も小さく、未だに僅かな他アーティストへの楽曲提供作品しか聴ける状況になかったのですが、今回ようやく土俵に上がることができました。

 

「ピアノ男(非ピアニスト)による、嘘のSAXをテーマにした小品集。そこに物質としてのSAXは存在しない。演算によってもっともらしく模倣されたSAXに対する、受容と逸脱の反復行為のみが記録されている。」

 

本作の制作にあたって表テーマと裏テーマを設定しており、表テーマについては上記文章で述べているのですが、人によっては衒学的とも受け取れる肩が凝る文章で(意図的に衒学的気味にしていますが)、何が言いたいのか分からない人もいると思います。

作者による解説、つまり"ネタばらし"を野暮とする向きは少なくとも日本の芸術分野にはあると感じていて、昨年リョウコ2000として出したEP「Travel Guide」は、全てを空っぽにして聴いてほしいという意図もあって解説は基本的に避けていました。あるいは、"作品の捉え方は鑑賞者の自由"という考え方もあり、私も最終的にはそれに帰着すると思います。

しかし、鑑賞を補綴・拡張するための文が、鑑賞の仕方の選択肢の一つとして存在しても良いだろう、とも最近は思います。作品の全てを解説することは"音楽"と"言語"の性質の違いから不可能だと思いますし、音楽である必要もなくなるでしょう。しかし言語領域で思考するための"トリガー"や"素材"はあっても良いと思うのです。自分の思ったこと受け取ったことについて、「良かった」「悲しい曲だと思った」より解像度の高い言語化をするために、私は文章が無いとよく躓きます。ネタバレ濃度の調整はしないとやはり興醒めするかもしれませんが、解説したとて輝きの全てを失うことは無いと思います。

 

今回は主に表テーマについて述べます。裏テーマは裏テーマでそれなりに重要な話なのですが、これは何か別の機会に述べることとします。

 

制作経緯

最近リョウコ2000では「SAX」が一つキーワードとなっていて、そのためにSAX音源のVSTプラグインを購入して実験を繰り返していました。本物のSAXではなくプラグインを買ったのは、特に強い思想があったからではなく、私が口内炎のできやすい体質であること、学習にかかる時間(中学でバリサクを吹いていたとはいえ、10年以上のブランクはでかい)、ランニングコストを考えての結果ですが。

本作はリョウコ2000のための実験の過程で産まれた作品をコンパイルしたもの、ということになります。リョウコとして出さなかったのは、SAXがキーワードの一つではあるものの、テーマでは無いためです。

 

「嘘SAX」とは?

嘘SAXというのは語感がいいからそう言っているのであって、もっと適切な言葉があるかもしれませんが、「演算によってもっともらしく模倣されたSAX」、つまりSAXのソフトウェア音源を指します。

私はSAX音源の打ち込みをしている時に、ふと自分はSAX音源を物質として存在する本物のSAXの代替として扱おうとしている傾向があるのではないか?と思いました。こうなってしまうのは自然なことだと考えます。詳細な歴史・背景は深堀りできておらず、推測でしかないのですが、ほとんどのSAX音源メーカーは「バーチャルSAX」、つまり実質的には本物のSAXと同じ、本物のSAXと同様の音色になることを目指して開発していると考えます。オーディオプラグインの形式の一つである「VST (Virtual Studio Technology) 」という名称からして、これはSAXのみでなく他の楽器にも置き換え可能な話です。

事実、私の観測範囲ですがほとんどのプラグインの紹介記事やTips記事も、本物の楽器に近い事が是、本物の楽器に近くなるよう打ち込むことが是、という思想が前提にあると考えます。

 

SAX音源、生楽器のシミュレーション音源を本物と遜色ないものにしてしまう必要は、どれほどあるのでしょうか?せっかくシミュレーションによってSAXに無茶をさせることができるのに、何故生楽器の制約まで模倣しようとしてしまうのでしょうか?SAXを基盤にした新しいシンセサイザーが産まれることはないのでしょうか?

例えば、TB-303は本来バーチャルベース的な位置づけで開発された機器だったかと思われますが、現在ではバーチャルベースとは異なった立ち位置に存在しています。

 

今作では、SAX音源を、生楽器から独立した一つの楽器として捉え直すことを試みています。故に、「バーチャル(=実質的)」でないことは明確に示したいと考えます。かといって、「FAKE(偽、嘘)」が的確な言葉かと言われると再考の余地はあるかもしれませんが、SAXに似ていることは認めざるを得ないし、SAXになりきることも可能な楽器なので、それなりにマッチしている気はします。

 

各楽曲の小解説

1. Saxman Theme

Saxmanの物語はここから始まります。物語なんて特に無いのですが。

2. FAKESAX

中盤、音声合成に何かを歌わせていますが、内容に意味はありません。Saxにまつわる文章を読み上げさせただけです。私は、意味を持った歌詞がある音楽を、音楽というよりミクストメディア的なものだと捉えています。(だから良いとか悪いとか、そういう話ではありません)

3. SAX MAN JUKE

SAX男

4. saxmachine

SAXn重奏みたいな、吹奏楽的な重奏をさせてみたかったのです。

5. BALISAX JUKE

JUKEの本来808キックなどで打ち込む部分を、バリサクでやってみたかったというだけの話です。しかし、バリサクは意外と808のような重低域が出ないので工夫が必要でした。

6. Sax for your soul

ビットレートのめちゃくちゃ低いmp3みたいな音の嘘SAX。これはmp3の圧縮アルゴリズムに似た処理ができる自前のプラグインなどを駆使しました。情報を欠落させても意外とSAXぽさが残るのは、SAXがすごいのか、圧縮技術がすごいのか、コンテキストのなす技か。

7. saxbird

リョウコ2000「Humming Bird」のセルフカバーとも言えます。Travel Guideの中ではやはりHumming Birdが個人的にお気に入りで、自分らの事ながら、何度聴きながら涙を流したことか。

 

さいごに

これがSAX奏者にどう受け止められるのか、という点でヒヤヒヤしていますが、とりあえず出せて良かったです。FAKESAXについては本音源で終わりではなく、パフォーマンスの準備も牛歩ですが進めています。とはいえ一生SAXやる訳ではないので、SAX男に改名することはないでしょう。ピアノなんだかSAXなんだかどっちなんだよ...(どっちでもない)

 

次はリョウコ2000の新作に向けて尽力します。